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テレビ連続ドラマ 『台湾水利先駆者八田與一と外代樹夫妻』11
2026/06/05 20:28
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テレビ連続ドラマ
『台湾水利先駆者八田與一と外代樹夫妻』11

【第十回】

1、夜の場

時:大正七年一月下旬のある夜

景:台北西門町・八田與一邸

人:八田與一、藏成信一、阿部貞壽、外代樹、秀子、阿操

阿部貞壽が果物の詰め合わせ籠を手に提げて客間へ入ってくる。阿操は台所で忙しく働いており、信一と秀子は食器を並べるのを手伝っている。

與 一:「阿部、もう気心の知れた仲なんだから、人だけ来ればいいのに、どうしてまた手土産なんか持ってくるんだ?」

阿 部:「技師長、これは私のものではありません。製糖会社の荒井社長が私のところへ持ってきたものです。中のリンゴだけ取り出しておきました。」

信 一:(興味深そうに)「ほう? 製糖会社の連中がお前のところへ来たのか。」

阿 部:「正月前のことです。あの時、皆さんは内地へ休暇に帰っておられましたが、荒井が私の宿舎を訪ねてきました。礼箱の中には分厚い紙幣の束が入っていて、私は手も触れませんでした。先ほど事務所ではこの件を話すのに都合が悪かったので、この礼箱を持って来て、技師長とどう処理すべきか相談しようと思ったのです。」

與 一:「荒井はお前に何を要求したんだ?」

阿 部:「荒井は、技師長と数人の社長との面会を取り持ってほしいと言いました。」

與 一:「遅かれ早かれ、私はこうした製糖業者たちと向き合わねばならない。この礼箱は次に会った時、我々の手で荒井社長へ返そう。」

阿 部:「私もその時はそう考えました。だから彼ら数人の社長と技師長との面会を手配すると約束したのです。この件は自分から山形局長へ報告したのですが、局長に叱られました。技師長の同意も得ずに、そのような約束をしてはならないと。」

與 一:「局長の本意は、お前が相手に利用される手先になるなということだ。」

阿 部:「その理屈は後になって理解できました。荒井の話ぶりでは、製糖業者たちはこの計画案に断固反対しており、手段を選ばず妨害してくるでしょうね。」

與 一:「それは十分予想できる。業者たちは、この灌漑計画によって多くの蔗農が水稲栽培へ転じ、自分たちの製糖原料が不足すると考えているのだ。」

信 一:「義兄さん、荒井との面会の件は山形局長へ報告した方がよいのでは?」

與 一:「私から局長に口頭で事前報告しておこう。その後で阿部、お前が彼らを私のところへ連れて来ればいい。」

阿 部:「どこで業者たちと会うことにしましょうか、技師長。」

與 一:「総督府の迎賓所にしよう。局長が状況を十分把握できるようにな。この件は我々担当者の節操に関わる問題だ。局長に少しでも疑念を抱かせたくない。」

阿 部:「はい、承知しました。」

外代樹:「皆さん、公務の話ばかりしていないで、食事ですよ。今夜の主菜はヘチマ、ユウガオ、それにキュウリです。」

與 一:「どうして瓜ばかりなんだ?」

秀 子:「菜園の瓜類が収穫最盛期なんですもの。無駄にはできませんから、皆さんにも食べるのを手伝ってもらわないと。」

與 一:「もう冬なのに、どうして瓜類が最盛期なんだ?」

秀 子:「こちらの冬は寒くありませんし、それに菜園の周囲は風除けがありますから、作物の生育には影響しないんです。」

與 一:「なるほど、そういうことか。どうやら皆で瓜尽くしのご馳走を食べるしかないようだな。」

外代樹:「男性の皆さん、お席についてください。すぐにお料理をお持ちしますよ。」

與 一:「まず食事にしよう。その後で、君たち二人と大事な話をしなければならない。」


2、夜の場

時:大正七年一月下旬のある夜

景:台北西門町・八田與一邸

人:八田與一、藏成信一、阿部貞壽、阿操

三人は與一の書斎で畳の上に座り、机を囲んでいる。阿操がお盆に載せた茶を運んでくる。

與 一:「阿操、ありがとう。」

阿 操:「旦那様、どういたしまして。」

阿操が立ち去る。與一は机の上の茶碗を指さす。

與 一:「今、ここに三つの茶碗がある。そしてこの急須を貯水池とする。この急須の容量は茶碗一杯半分しかない。この水を均等に注げば、一つの茶碗には半分しか入らない。灌漑用水が不足しているため、農民はサトウキビしか作れず、稲作はできない。」

阿 部:「そのような水配分方式は、製糖会社に最も有利ですね。」

與 一:「阿部の言う通りだ。しかし農民には不利だ。」

信 一:「義兄さん、それでは何か方法があるのですか?」

與一は三つの茶碗にそれぞれ「彰化支庁」「嘉義庁」「台南庁」と書く。

與 一:「私が考えた方法はこうだ。第一年は彰化支庁の茶碗を満たし、嘉義庁には半分だけ注ぎ、台南庁には水を与えない。そうすれば彰化の農民は稲を作り、嘉義の農民はサトウキビを作り、台南の農民はサツマイモや雑穀を作る。」

信 一:「それで? まさか二年目も同じではないでしょう?」

與 一:「同じだ。ただし順番が違う。嘉義庁を満杯にし、台南庁を半分、彰化庁には水を与えない。」

信 一:「分かりました。義兄さんのお考えは輪番灌漑ですね。三年で一巡する。」

阿 部:「三年で一巡? つまり農民は三年のうち一年は二期作の水稲、一年はサトウキビ、一年はサツマイモや雑穀を作るということですか?」

與 一:「その通りだ。このように水資源を配分しなければならない。ある土地だけが長期間灌漑され、別の土地が長期間水不足で休耕地となれば、農民の貧富の差が著しく広がり、土地投機を助長することになる。」

信 一:「先輩、この方法なら実現できそうです!」

與 一:「私はこれを『三年輪作給水制』と呼んでいる。官田貯水池の水量は一億二千万立方メートルしかなく、さらに濁水渓から取水しても約三千万立方メートルだ。十五万甲の土地の半分しか灌漑できない。そこで輪作給水を採用すれば、水資源を公平に配分でき、農民は水稲もサトウキビも雑穀も栽培できる。」

阿 部:「技師長、この方法で製糖業者を説得できると思われますか?」

與 一:「彰化、嘉義、台南の三庁の農林課から取り寄せた資料によると、現在の稲作面積は約二万甲、サトウキビは約七万甲、雑穀とサツマイモは約四万甲、荒蕪地と塩害地は約二万甲だ。三年輪作給水制を実施すれば、三種類の農作物の面積は均衡化され、それぞれ五万甲になる。」

阿 部:「サトウキビ畑が二万甲減るとなれば、製糖業者は絶対に黙っていないでしょう。」

與 一:「そこが私が製糖業者を説得しなければならない重要な点だ。私の考えでは、百五十甲の農地を一つの小単位として三等分し、それぞれ五十甲ずつに分ける。そして三年輪作給水制推進の基礎とする。」

與一は自らの構想について詳しく説明する。


3、夜の場

時:大正七年一月下旬のある深夜

景:台北西門町・八田與一邸

人:八田與一、外代樹

與一の寝室。與一は机に向かって草図を描いている。外代樹が上着を持ってきて與一の肩に掛ける。

外代樹:「あまり夜更かししないで。明日も仕事でしょう。」

與 一:「分かった。もう少ししたら休むよ。」

外代樹:「今夜、阿部技師が言っていましたね。製糖会社の人たちが宿舎へ金を持って来たって。本当に恐ろしい人たちです。目的のためなら官吏への賄賂まで平気でやるなんて。」

與 一:「阿部技師は長年私と働いている。彼の節操は信頼している。製糖会社の連中は総督府の上層部を直接買収できないから、我々のような担当者から切り崩そうとしているのだ。だが相手を間違えたな。」

外代樹:「あなた、今の仕事は安定していますし、この給料だけでも私たちは十分豊かな暮らしができます。」

與 一:「君の言いたいことは分かっている。身を清く保ち、不当な財を求めなければ、胸を張って生きていける。」

外代樹:(微笑して)「そうですね。それでは先に休みます。おやすみなさい。」


4、昼の場

時:大正七年一月下旬のある午後

景:台北総督府迎賓所

人:八田與一、阿部貞壽、山形要助、「塩水港」社長荒井泰治、支配人(部長)大原二郎

台北総督府迎賓所。長方形の会議机の一方に八田與一が座り、その後ろに阿部貞壽が立っている。向かい側には「塩水港」社長荒井泰治が座り、支配人(部長)の大原二郎が立っている。別室の扉の陰には山形要助局長が立っているが、荒井は山形が同席していることを知らない。

荒井が大原に合図して葉巻に火を付けさせ、わざと與一の方へ煙を吐き出す。

荒 井:「八田技師長、こうして会ってくださったのですから、率直に申し上げましょう。あなたの希望額をお聞かせください。」

與 一:「荒井社長、買いかぶり過ぎです。私は命令に従う公務員に過ぎず、決定権を持つ役人ではありません。」

荒 井:「技師長、この計画案が実現するかどうかは、上司たちもあなたの意見を聞くでしょう。あなたはただ上司に『実施困難』と言えばいいのです。そうすれば上の者たちも断念するでしょう。我々はその見返りとして百万円をお支払いします。」

與 一:「この計画案は確かに私が設計しました。しかし実施するかどうかは私の権限ではありません。その点をご理解ください。」

大 原:「そんなに急いで断らないでください。社長がお支払いするこの金額があれば、一生安楽に暮らせます。双方に利益があります。ご一考ください、技師長。」

與 一:「阿部、前回社長が君に渡した礼箱を、今ここで社長に返しなさい。」

阿 部:「はい、技師長。」

阿 部:(礼箱を荒井社長の前の机に置きながら)「どうかお引き取りください。」

大 原:(驚き、不満そうに)「技師長、それはいささか人情に欠けるのではありませんか。」

與 一:「社長、皆さんがこの計画案に強い警戒心を抱いていることは承知しています。しかし私の『三年輪作給水制』を採用すれば、サトウキビ栽培面積は七万甲から五万甲へ減少するものの、その五万甲は安定した灌漑用水を得られるため、一甲当たりの収量は従来より二五%から三〇%増加する見込みです。計算上、元の七万甲と比べても総生産量の差はおよそ一〇%程度に留まります。原料減産による影響は限定的です。」

荒 井:「あなたの言う『三年輪作給水制』には全く興味がありません。私はただ、あなたに消極的な対応を取ってもらい、この計画を停止させたいだけです。」

與 一:「社長、それは私にはできません。どうやら本日の初会談では、双方の意見が交わることは難しいようですね。」

荒 井:「今は意見が合わなくても、こうして対話できたことには意味があります。あなたの考えが変わるのを待っています。それでは失礼します。」

荒井社長が立ち上がり、二人は立ち去ろうとする。

阿 部:「大原部長、机の上の礼箱をお忘れなく。」

大原二郎は振り返って礼箱を手に取り、無表情のまま荒井の後について迎賓所を出て行く。その時、別室の扉の陰に立っていた山形要助局長が拍手をしながら姿を現す。

山 形:「八田技師長、阿部技師。お二人とも卑屈にも高慢にもならず、落ち着いて対応されました。私は皆さんの態度を誇りに思います。」

與 一:「お褒めいただき、ありがとうございます。」

山 形:「公務員たるもの、お二人のように利益に惑わされず、身を清く保ち、正しいことを貫かなければなりません。」

阿 部:「はい、局長。」

山 形:「技師長、先ほどお話しされた『三年輪作給水制』について、ぜひ詳しく聞かせてください。」

與 一:「局長、局へ戻りましたら、阿部技師に急須一つと茶碗三つを使って詳しくご説明させます。」

山 形:「急須一つと茶碗三つ?」

阿 部:「局長、それは先日の夜の討論で、技師長が使われた説明用の道具なのです。」

山 形:(笑いながら)「なるほど、そういうことですか。なかなか面白そうですね。」

5、昼の場

時:大正七年一月下旬の日曜日午前

景:西門町・満妹の菜園

人:八田與一、藏成信一、郭水生、阿操、満妹

満妹の菜園で、與一、信一、水生の三人が鍬を振るって畑を耕している。羅満妹(林夫人)と阿操が青草茶の入ったやかんを持ってやって来る。

満 妹:「八田様、少し休憩なさってください。青草茶をどうぞ。」

與 一:「みんな、少し休もうじゃないか!」

三人の男たちはやって来てお茶を飲み、畦道に腰を下ろして汗を拭きながら休憩する。

信 一:「しばらく力仕事をしていませんでしたが、汗を流すのは本当に気持ちがいいですね。」

與 一:「これこそ『労働養生』というものだよ!」

信 一:「そうですね!最近、私たちの食卓に並ぶ野菜は、みんなこの菜園で採れたものです。」

與 一:「私たちが心を込めて耕せば、土地もまた私たちに報いてくれる。これこそ私が嘉南平原灌漑計画をぜひ推進したいと思う原点なんだ。」

信 一:「義兄さん、もし嘉南平原の農民たちの土地が、この菜園のように肥沃で、しかもいつでも灌漑用水が使えるなら、彼らの生活はきっとすぐに良くなりますね。」

與 一:「その通りだ!私たちの努力は環境全体を改善するためのものだ。現地の農民たちにも私たちと同じように、各家庭に水道と灌漑用水が行き渡るようにしたいんだ。」

水 生:「お二人の旦那様の理想と志には、本当に私のような市井の者でも感服いたします。」

與 一:「水生君、君の人情深さについては家内から聞いているよ。私たちの社会には君のような人が必要なんだ。」

満 妹:「八田様、息子の信義からの手紙に、廣井教授の熱心なご指導のおかげで大学入試に合格する自信がついたと書いてありました。本当に感謝しております。」

與 一:「信義君は向上心のある青年だからね。廣井教授のご指導を受けられたことが、一番大きな理由だろう。」

阿 操:「若旦那様、今ちょうど整地したこの三つの畑には、これから何を植えるおつもりですか?」

與 一:「その質問は孤児院の子供たちに聞くべきだろう?彼らこそが主な消費者なんだからね!午後はジョージ神父と約束していて、孤児院の敷地を視察しに行くんだ。君も一緒に来るかい?」

満 妹:「それはだめですよ!八田様、午後は水生さんが阿操さんを誘って、街へ出て映画を見に行く約束なんです。」

與 一:「おや?阿操にデートの予定があるのかい?それならデートの方が大事だ。デートの方が大事だよ!」

信一と満妹は笑い出したが、水生と阿操は顔を赤くして恥ずかしそうにしている。


6、昼の場

時:大正七年一月下旬の日曜日午前

景:西門町近くの静修孤児院

人:八田與一、藏成信一、ジョージ神父、アンナ修女

ジョージ神父が與一と信一を伴い、院内を視察している。教室の前を通りかかると、子供たちに授業をしている外代樹と秀子が手を振る。

ジョージ:「お二人の奥様が無償でここで教えてくださっており、私も院童たちも本当に感謝しております。」

與 一:「神父様、家内は女子高等学校を首席で卒業した秀才なんですよ。学んだことを活かす機会があれば達成感も得られますし、それは良いことです。」

ジョージ:「ええ、本当に。お二人とも大変優秀で、子供たちにも辛抱強く接してくださいます。子供たちは一日でもお二人に会えないと、何か物足りない気持ちになるんですよ。」

信 一:「ここが改築工事に入ったら、この子供たちはどこへ移るのですか?」

ジョージ:「その件については、親切な郭水生さんがすでに町長と話をつけてくださいました。まず近くの小学校の教室で授業を受けてもらい、夜は町の市民活動センターに宿泊する予定です。」

與 一:「神父様、先ほど信一と一緒に院内全体を調査しました。新しい孤児院の設計図は、この数日中に私と信一で完成させます。建物全体、庭園、遊び場まで全面的に設計し直します。」

ジョージ:(お辞儀をし、それぞれ與一と信一と握手しながら)「お二人のご尽力に心より感謝いたします。本当にありがとうございます。」

與 一:「設計図が完成したら、大倉土木組の親しい友人たちに施工を依頼するつもりです。彼らは工法が丁寧で材料もしっかりしていますし、私の顔を立てて工事費も多少は安くしてくれるでしょう。私と信一も時間を見つけて頻繁に様子を見に来ます。」

ジョージ:「八田君、信一君、この孤児院が再生できるのは、お二人のおかげです。院童全員にとって大恩人ですよ。」

信 一:「神父様、実はここで熱心に支えてくださっている近所の皆さんの協力こそが一番大切なんです。」

ジョージ:「その通りです、信一君。その通りです。」

授業終了の鐘が鳴り、院童たちが次々と教室から飛び出してくる。外代樹と秀子は陳來成ら数人の院童に囲まれながら、與一と信一の方へ歩いて来る。


7、昼の場

時:大正七年二月上旬のある午前

景:台北総督府土木局事務室

人:下村宏、山形要助、原田貞介、八田與一

総督府土木局事務室には台湾全図が掲げられている。

原 田:「今回の再調査は、基本的には八田技師の原案を部分的に修正するためのものです。私の考えでは、彰化庁、嘉義庁、台南庁の三庁、約十五万甲の農地を、一つの灌漑システムで連結します。北端では濁水渓の中下流に数か所の取水口を設け、南端では曾文渓支流の官佃渓上流に貯水池を建設します。つまり南北両端から水源を導入し、夏季には北港渓や急水渓などの小河川を十分に活用して、官佃貯水池の給水負担を軽減するのです。」

與 一:「原則として私は原田技監の修正案に賛成です。現在のところ建設費を比較的節約できる案です。しかし、その場合、区域内の灌漑用水資源については『三年輪作給水制』を採用しなければなりません。そうして初めて、半分の水資源で区域内十五万甲の農地全体をカバーできるのです。」

山 形:「確かに、八田技師の輪作制を採用すれば、限られた水量で何倍もの農地を灌漑できます。」

與 一:「この構想は技術者としての意見というより、思想的な考え方と言うべきでしょう。官佃貯水池と濁水渓という二大水源を利用しても、毎年給水できる面積は最大で七万甲を超えません。つまり、その七万甲の耕地では毎年稲作ができますが、残りの給水されない土地は不毛の地のままで、稲作はもちろん、サトウキビや雑穀の栽培さえ不可能です。そしてその状態が永続してしまいます。そうなれば給水を受けた農民は収入が増え、その地域だけが近代農業技術を導入できます。しかし給水を受けられない農民は、いつまでも伝統的農法に縛られ、貧困から抜け出せません。同じ嘉南地域の農民でありながら、住む場所が違うだけで富農と貧農に明確に分かれてしまうのです。それは台湾の将来にとって決して良いことではありません。」

下 村:(うなずきながら)「八田技師、この『三年輪作給水制』は均富の観点から総合的に考えられており、確かに区域内の各街、庄、堡の発展を均衡させることができます。」

與 一:「ご評価いただきありがとうございます。私は農家の出身ですので、実りの得られない土地に住む農民ほど悲惨なものはないと痛感しております。だからこそ嘉南平原を二つまたは三つの灌漑区に分け、順番に給水し、嘉南地域のすべての農民が平等に灌漑の恩恵を受けられるようにすべきだと考えています。そうすれば二大水源の水で需要を満たせます。給水区域では稲作を行い、非給水区域ではサトウキビや雑穀を栽培する。これは非常に良い方法です。現在は米価が高いため、農民はサトウキビ栽培を好みません。その結果、台湾糖業は給水不足による発展の制約に悩まされることになります。『輪作給水制』はこの問題も解決できます。そして何より重要なのは、嘉南地域の農民に近代農業とは何かを理解させることです。嘉南平原十五万甲の土地を全面灌漑する以外に良策はありません。」

山 形:「局の中長期的な水利計画によれば、将来は濁水渓上流で思麻丹社付近の天然湖を利用してダムを建設し、貯水量を増やすとともに中部地域の主要電力源とする予定です。その時になれば、区域内の灌漑用水はさらに豊富になるでしょう。」

原 田:「近い将来、嘉南平原の灌漑システムが稼働すれば、区域内農作物の単位面積当たりの収量は大幅に増加するはずです。総督府の税収も増え、予算も当然増額されるでしょう。そうなれば将来、土木局は急水渓上流やその支流の亀重渓、さらには曾文渓本流上流にも順次貯水池を建設し、徐々に区域内農地の灌漑需要を満たせるようになります。そうなれば『輪作給水制』に頼る必要もなくなるでしょう。」

下 村:「原田技監、あなたのおっしゃる理想的な状況は、将来きっと実現すると私は信じています。」

山 形:「八田技師、その計画書は原田技監の修正意見に従って改訂し、さらに君の『三年輪作給水制』を盛り込みなさい。それを基本案として推進していこう。」

與 一:「はい!長官。できるだけ早く計画書を改訂いたします。」

山 形:「改訂版の計画書が提出されたら、私が確認した後、下村長官に決裁をお願いし、そのうえで明石総督へ提出する。」

與 一:「はい!長官。」


8、昼の場

時:大正七年一月下旬の日曜日午前

景:西門町・八田與一家の居間

人:八田與一、外代樹、阿操

居間では、外代樹が足踏みミシンで孤児院の子供たちの破れた衣服を縫っており、阿操はボタン付けを手伝っている。與一は計画書の修正作業をしている。

外代樹:「この子たちは成長期ですし、活発に動き回るので、服やズボンが特に傷みやすいんです。」

阿 操:「そうですね、お嬢様。ズボンは膝とお尻の部分が特に擦り切れやすいです。」

外代樹:「何人かの子供は服が明らかに小さくなっています。阿操、明日はメジャーを持って私と一緒に孤児院へ行って採寸しましょう。それから街へ出た時に買って来ましょう。」

阿 操:「かしこまりました、お嬢様。」

外代樹:「あなた、お仕事が一段落したら、時間のある時に孤児院へも顔を出して、子供たちと過ごしてあげてください。」

與 一:「うん。この計画書の修正だけでなく、孤児院再建の設計図も完成させなければならないから、まだ数日は忙しくなりそうだ。」

9、日戲

時:大正七年二月上旬のある午前

景:台北総督府民政長官執務室

人:民政長官下村宏、山形要助局長、「塩水港」社長荒井泰治、「大日本」社長藤山雷太、「台南」社長鈴木梅四郎、「台湾」社長山本悌二郎、「新興」社長陳中和、「明治」社長相馬半治

台北総督府民政長官執務室にて、「塩水港」社長荒井泰治、「大日本」社長藤山雷太、「台南」社長鈴木梅四郎、「台湾」社長山本悌二郎、「新興」社長陳中和、「明治」社長相馬半治ら数名の製糖会社社長が、正式に民政長官下村宏へ陳情を行う。

下 村:(陳情書を読み終え、定規で押さえながら)「諸君の懸念と要望については、すべて理解した。懸念されている部分については、土木局の山形局長に直接説明してもらおう。諸君の要望については、山形の説明を聞いた後、もう少し広い視野を持ち、大局を重んじていただきたい。」

荒 井:(不満と威圧をにじませながら)「下村長官、そのお言葉は、まるで我々製糖会社が無理難題を言っているとおっしゃるのですか?製糖会社が立ち行かなくなれば、どのような結果になるか、お考えになったことはないのですか?」

下 村:(わずかに不快そうな表情を見せて)「どのような結果になるというのだ?庶民が水を得て米を作り、米を食べられる。それこそが庶民の望む暮らしだ。しかも君たちはせいぜい国会議員を頼って私に圧力をかけるくらいだろう。私は二十年以上政界にいるが、人の顔色をうかがって今の地位まで来たわけではない。是非曲直については、自分なりの確固たる判断を持っている。」

荒井は先ほどの強硬な言葉が下村を怒らせたと感じ、表情をすぐに和らげ、笑顔を作る。

荒 井:「長官、私はただこの〈嘉南平原水利灌漑計画〉が引き返せるうちに見直されることを望んでいるだけです。決して閣下に対して失礼な意図があったわけではありません。どうかご賢察ください。」

荒井が立ち上がって一礼し、下村も頷いて礼を返す。

下 村:「私個人に向けられたものではないというのなら、山形局長、資料を出して諸君に詳しく説明してくれたまえ。」

山 形:「はい、長官。」

山形要助が大型の〈嘉南平原三年輪作給水制計画図〉を掲げる。

山 形:「各社長、ご覧ください。この図に示されているように、計画責任者である八田技師の『三年輪作給水制』の構想では、嘉南地域全体の甘蔗栽培面積は毎年およそ五万甲を維持します。現在は七万甲あり、収穫期も秋前後に集中しています。輪番灌漑を実施した後は、甘蔗の総作付面積は現在より二万甲減少しますが、この五万甲の甘蔗畑は安定した灌漑用水を得られるため、一甲当たりの単位収量は従来より二五%から三〇%増加する見込みです。計算すると、従来の七万甲と比較しても総生産量の差は約一〇%程度に過ぎません。原料減産の幅は製糖業者にとって限定的な影響しかありません。また、作物の生育期間を調整できるため、甘蔗は分期収穫が可能となり、現在のように収穫期が過度に集中することもなくなります。皆様は一年中甘蔗原料を確保して製糖できるのです。荒井社長、それでも悪いことでしょうか?」

荒井は問い詰められて一時言葉を失い、呆然となる。すると藤山雷太がすぐに口を挟む。

藤 山:「甘蔗の分期収穫は、我々の人件費や販売管理費を増加させます。これまでは半年ほどで甘蔗を収穫し、製糖工程を完了できました。しかしあなた方の『三年輪作制』では、人件費も販売管理費も二倍かかることになります。それでは我々の商品は市場で競争力を失ってしまいます。」

山 形:「そうですか?私は経済学の需要と供給の法則くらい理解しています。確かに甘蔗の分期収穫は人件費や販売管理費を増加させます。しかし収穫期の過度な集中を避け、供給過剰による価格低迷を防げるのなら、生産者にとって利益の方が大きいのではありませんか?なぜ良い面を見ようとしないのですか?それに、八田の〈嘉南平原水利灌漑計画〉は、嘉南平原全体を開発し、台湾で最も生産力の高い地域へと変えることを目的としています。もし皆様の製糖会社の意向に合わないからといって反対するなら、我々は旧態依然のままでいるしかありません。高雄港の建設も必要なくなるでしょう。砂糖の輸出は自分たちで何とかしてください。」

荒 井:「局長、私はそういう意味で言ったのではありません。この水利事業が我々製糖会社の活力を奪い、数万人の従業員が解雇や失業に直面することを憂慮しているのです。」

山 形:「そういう言い方なら理解できます。従業員の失業問題については十分考慮し、この水利事業が皆様業者に与える影響をできる限り小さくするよう努めます。」

下村は話を聞き終えると、山形を励ますように拍手する。

下 村:「よく言った!山形局長。」

陳情に訪れた会社社長たちの目には、総督府の立場はこれ以上ないほど明確に映った。藤山雷太は下村長官の意思が固いことを察し、他の社長たちに目配せをする。一同は礼をして辞去する。

下 村:「あの連中は自分たちのことしか考えておらん。完全に自己本位な発想だ!君は彼らの手口を見抜き、痛烈にやり込めてやったな。去る前の表情を見ても、表面上は納得していても心の中では不服だった。」

山 形:「そうですね、長官。おそらくそう遠くないうちに、彼らは国会議員を担ぎ出して、直接あなたか明石総督に圧力をかけてくるでしょう。」

下 村:「そうか?この下村宏は、国会議員ごときに簡単に頭を水の中へ押し込まれるような男ではない。」

山 形:(笑いながら)「その点はもちろん信じておりますよ、長官!」

 

10、日戲

時:大正七年二月上旬のある午前

景:台北総督府土木局長室

人:山形要助局長、八田與一、阿部貞壽、藏成信一

土木局長室にて。

山 形:「荒井たち製糖業者は、どうやら目的を達するまで諦める気はないようだ。昨日も下村長官の執務室で、最初は下村長官に対して硬軟両様の手段を使ったが埒が明かなかった。そこで下村長官が私に説明を命じたのだ。説明とは言っても、実際には激しい論戦だったよ。あの老人たちはまるでタコのような性格で、尊大で実に厄介だ。」

阿 部:「タコのような性格ですか?局長、実に的確なたとえですね!」

山 形:「あの老人たちはそう簡単には引き下がらないだろう。今後もまた相手をする機会があるはずだ。忘れるな。卑屈にもならず、高圧的にもならず、そして譲歩もしないことだ!」

與 一:「はい!局長のご指示を肝に銘じます。」

山 形:「嘉南平原の開発は必ず実行しなければならない。あとは資金の目途が立つのを待つだけだ。」


11
、昼の場

時:大正七年二月中旬のある午前

景:台北総督府・明石総督執務室

人:明石元二郎総督、春山鳩夫、「塩水港」社長荒井泰治、「大日本」社長藤山雷太、「台南」社長鈴木梅四郎、「台湾」社長山本悌二郎、「新興」社長陳中和、「明治」社長相馬半治

明石総督執務室。来賓席には国会議員の春山鳩夫と荒井ら数名の社長が座っている。

春 山:「明石総督、数名の製糖会社社長が連名で私に陳情してきました。総督府が『嘉南平原水利灌漑計画』の推進に固執しており、このままでは彼らの生計が断たれることを憂慮しております。どうか総督には今のうちに計画を思いとどまっていただきたいのです。」

明 石:「春山議員、その『嘉南平原水利灌漑計画書』は、私も二日前に目を通したばかりです。まず申し上げたいのは、嘉南平原を全面的に開発し、米の生産量を増やして内地需要を満たすことは、閣議で決定された政策だということです。私は台湾総督として、その政策を実行する責務があります。」

春 山:「政策を実行するためには、製糖業者の生計を犠牲にしなければならないのでしょうか。しかも砂糖は長年にわたり内地へ供給され、市場需要を十分に満たしてきました。製糖業者は十数年にわたる努力によって今日の規模を築き上げたのです。総督府は業者の生産量と生産能力の向上を支援すべきであって、対立する立場に立って彼らを苦しめるべきではありません。」

明 石:「議員がお聞きになったのは、おそらく社長方の一方的な話でしょう。私は計画書を読んで、特にサトウキビ栽培面積と砂糖総生産量が将来どのように変化するかに注目しました。実際には原料の減少量は一割程度に過ぎず、業者の経営や存続に重大な影響を及ぼすものではありません。台湾には数十社の製糖業者がありますが、私はむしろそれらを整理統合し、合併や買収による再編を促して生産コストを下げ、過当な価格競争を防ぐべきだと考えています。」

春 山:「荒井社長、明石総督の説明については受け入れられますね。私は総督の説明は筋が通っていると思います。」

荒 井:「議員、総督がお話しになった内容は、すべて計画書に記載された資料に基づくものです。計画案の起草者は、計画を推進するために必ず数値を操作し、粉飾や美化を行っているはずです。」

春 山:「荒井社長、その計画書の数値の真実性に疑問をお持ちなら、私は明石総督にお願いして、計画書の起草者である八田技師に公聴会を開かせ、この問題に関心を持つ業者に説明してもらいたいと思います。諸社長はいかがお考えですか。」

荒井と数名の社長が小声で意見交換を行い、結論を出す。

荒 井:「我々は、公聴会という形で業者と計画案起草者が公開の場でこの計画について討論することに同意します。」

明 石:「議員、私は公聴会には蔗農組合も招くべきだと思います。原料生産者の考えや意見も聞き、サトウキビ生産と水利灌漑計画との間に生じうる様々な問題を総合的に検討すべきです。」

藤 山:「私は蔗農組合の招待に反対です。蔗農組合は常に我々と対立する立場にあります。」

春 山:「藤山社長、私は蔗農組合の考え方も重視すべきだと思います。将来この水利計画が実施された後、蔗農たちがサトウキビ栽培をどの程度望むのか、またどのような選択肢を考えているのかを理解する必要があります。」

明 石:「それでは議員のお考えに従い、計画書起草者の八田技師に指示して、できるだけ早く嘉義庁および台南庁へ赴き、公聴会を開催し、製糖業者および蔗農組合と直接討論させることにしましょう。」

明石総督と春山議員が握手を交わす。さらに明石は各社長とも一人ずつ握手をし、自ら執務室の入口まで見送る。


12、昼の場

時:大正七年二月中旬のある午前

景:台北総督府・明石総督執務室

人:明石総督、下村宏

明石総督執務室にて。明石が下村を呼び出している。

明 石:「昨日、国会議員の春山鳩夫が数名の製糖会社代表を連れて私のところへ来た。彼らの目的は分かっているだろう、下村。」

下 村:「はい。まさか製糖会社の連中がこれほど素早く動き、わずか数日で国会議員を使って働きかけてくるとは思いませんでした。」

明 石:「君が提出した『嘉南平原水利灌漑計画書』は読んだ。そして財政庁長とも相談した。下村、君や山形、八田が台湾建設に熱意を持っていることは承知している。しかし現在の財政状況では、多くの建設事業を一つずつ順番に進めるしかない。同時に実施することは不可能だ。この点は理解してほしい。」

下 村:「はい、長官。理解しております。」

明 石:「物事には優先順位がある。今もっとも急ぐべきは高雄港第二期拡張工事だ。高雄港は南部の物流港であり、政府の『南進戦略』に対応するためにも、まず拡張工事を着工しなければならない。嘉南平原の開発については、莫大な建設資金を必要とし、総督府の負担能力をはるかに超えている。私が寺内首相に上申し、帝国議会で予算が認められた後に、年次的に実施していくことになる。」

下 村:「はい、長官。」

明 石:「建設事業については、君たちは全力で取り組んでくれ。しかし私は、この壮大な『嘉南平原水利灌漑計画』を設計した土木技師・八田與一という人物がどのような人間なのか興味がある。」

下 村:「八田君は北陸の金沢出身で、東京工業大学土木科の卒業生です。以前から大きな志を抱いていたため、周囲からは『大ぼら吹きの八田』と呼ばれていました。」

明 石:「大ぼら吹きの八田か。ははは。児玉源太郎大将の部下であり、台湾で民政長官を務めた後藤新平も、かつては『大ぼら王』と呼ばれていたではないか。私は長年ヨーロッパで情報活動に従事してきたが、時には大きな話をして周囲の注目を集めることも重要な戦略の一つだと知っている。しかし最後には実績が伴わなければならない。」

下 村:「八田君は以前にも決して小規模ではない桃園大圳を設計しました。その時も我々は『これほど大規模な水利計画を八田に本当に成し遂げられるのか』と言っていました。しかし今では工事は半分以上完成しています。八田が有能な技術者であることは間違いありません。」

明 石:「そうだな。しかし嘉南平原開発は前例のない巨大計画であり、実施には莫大な予算が必要だ。今は内地で米価が上昇し、それに伴って様々な物資も値上がりしている。国家財政も非常に厳しい状況なのだ。現時点では、この開発計画を実行するだけの財力がない。この点を八田にしっかり説明し、辛抱強く待つよう伝えてくれ。私は彼に、自分がこの開発計画を支持していないと誤解されたくないのだ。」

下 村:「はい、長官。」


13、昼の場

時:大正七年二月下旬のある午前

景:西門町・静修孤児院教室

人:外代樹、秀子、阿操、陳來成ほか三十数名の院童

静修孤児院の教室。外代樹が補修を終えた院童たちの衣服を、一人ひとり名前を呼びながら返している。傍らでは阿操が、服のサイズが合わなくなった数名の院童の採寸をしている。

外代樹:「阿美、あなたのズボンですよ。」

阿 美:「はーい!ありがとうございます、先生!」

阿 操:「財発、後ろを向いて。ズボンの裾の長さを測るから。」

王財発:「はい! 僕、新しい服をもらえるの?」

阿 操:「もちろんよ。お二人の先生が買ってくださるの。」

王財発:「やったあ!」

外代樹:「陳來成、あなたのシャツとズボンですよ。」

陳來成:「はーい! ありがとうございます、先生!」

陳來成:(財発を指さしながら)「どうして財発たちには新しい服があって、僕にはないの?」

外代樹:「財発たちの服はもう小さすぎて、体に合わなくなっているからよ。」

陳來成:(服の継ぎ当てを指さしながら、口を尖らせて)「でも、僕の服だってこんなに古いよ。」

秀 子:「はいはい、文句を言わないの。あなたの分は次の時に買ってあげるから。」

陳來成:「秀子先生、指切りだよ。嘘ついちゃだめだからね。」

秀 子:「このいたずら坊主。先生が約束を破ったことなんてある?」

秀子は來成と指切りをし、來成の丸刈り頭を優しく撫でる。


14、夕方の場

時:大正七年二月下旬のある夕方

景:台北西門町・八田家の居間

人:八田與一、外代樹、阿操、郭水生

西門町の八田家の居間。郭水生が大きな包みいっぱいの古着を抱えてくる。與一は公聴会の資料を準備しており、外代樹は子供たちの衣服を縫っている。

郭水生:「これらの子供服は、近所の皆さんが次々と私のところへ持って来てくれたものです。」

外代樹:「水生さん、こんなにたくさんですか? 前に持って来てくださった分も、まだ整理している最中なんですよ。」

阿 操:「お嬢様がまだ十分忙しくないとでも思っているの? 授業もしなきゃならないし、こんな服の整理まであるのに。」

郭水生:(苦笑しながら)「すみません。でも皆さん本当に熱心なんです。」

外代樹:「阿操、水生さんを責めないで。時間のある時に少しずつ整理するから。」

電話のベルが鳴る。與一が立ち上がり玄関へ向かう。

與 一:「阿操、電話は私が出る。君は夕食の支度をしてくれ。」

阿 操:「はい、旦那様。」

與 一:「局長ですか? ああ、公聴会が中止ですか? はい、承知しました。」

電話を切ると、與一はほっと息をつく。

外代樹:「あなた、公聴会はどうして急に中止になったのですか?」

與 一:「局長の話では、製糖業者たちが蔗農組合の人々と公聴会で顔を合わせたくないそうだ。それで立ち消えになったらしい。」

外代樹:(微笑しながら)「これを一物降一物というのでしょうね。」


15、昼の場

時:大正七年二月下旬のある午前

景:台北総督府・民政長官執務室

人:下村宏、山形要助、八田與一

民政長官執務室にて。

下 村:「明石長官のお考えはこういうことだ。各種建設事業は順序立てて進めなければならない。」

山 形:「長官、私が心配しているのは、もし嘉南平原開発案がいつまでも帝国議会を通過しなかった場合、我々はただ待ち続けるしかないのかということです。」

下 村:「そうだな。しかし私の明石総督に対する理解では、総督は内地へ戻り、この計画のために自ら国会議員たちを説得して回るはずだ。」

與 一:「どうやら私たちもそれほど悲観する必要はなさそうですね。長官、私は今の状況を変えられるかもしれない考えがあります。」

下 村:(興味を示して)「ほう? 聞かせてくれ。」

與 一:「もし我々自身で民間から初期資金の一部を調達できれば、それを根拠に明石長官を説得し、この開発計画を前倒しで実施できる可能性があります。」

下 村:「つまり君たちは自ら地方へ赴き、地元の有力者たちに資金提供を働きかけるということか?」

與 一:「はい。一方では地方の有力者に参加を呼びかけ、資金や労力を提供してもらう。そしてもう一方では、請願署名などの形で彼らの願いを明石長官に伝えるのです。そうすれば、この計画を前倒しで実施できるかもしれません。」

下 村:「その方法は実現可能に思える。よし、私が中南部の数名の庁長に私信を書き、地方の有力者たちに働きかけてもらおう。君たちは側面から協力し、この開発計画の重要性と現在直面している困難について説明してくれ。両面から進めれば、効果があるはずだ。」

山 形:「長官、この計画を全面的に支持してくださり感謝いたします。與一、君と部下の技師たちも頑張ってくれ。」

下 村:「それでは諸君、手分けして行動を開始しよう。山形、高雄港拡張工事は君が全責任を持って監督すること。八田、君は部下の技師たちを率いて説明資料を整え、地方へ向かう準備を進めてくれ。何か困難があれば遠慮なく私に報告しなさい。私が君たちの後ろ盾になる。」

山形と與一が声をそろえて言う。

山 形・與 一:「はい! 長官。」

16、昏戲

時:大正七年二月下旬某日傍晚
景:台北西門町八田家客廳
人:與一、外代樹、阿操

晚餐後,與一回到書房。外代樹端茶水進來,見與一正埋首案卷,似乎陷入苦思。

外代樹:「あなた、お茶をどうぞ。何を考えているの?」

與 一:「私の〈嘉南平原水利開発計画〉は、後ろに延ばさなければならないかもしれない。はぁ……。」

外代樹:「どうしたの?」

與 一:「下村長官が直接私に言ったのだ。総督府は現在財政が逼迫しており、〈高雄港第二期拡張計画〉を優先的に実施するため、私の計画に回す経費は出せない、と。」

外代樹:「あら、そうなの。経費がないなら、どうしようもないわね。」

與 一:「私は長官に、地方の父老を説得して開発資金を共同で募れば、ただ空しく待ち続ける必要はないと話した。」

外代樹:「理想を貫くつもりなら、やりなさい。家のことは気にしなくていいわ。」

與 一:(外代樹の手を握る)「夫人、私の仕事は外を駆け回ることが多く、いつもそばにいられない。どうか理解してほしい。私はまた遠出をしなければならない、本当に思いやりのある夫ではない。」

外代樹:「謝る必要なんてないわ。私たちは夫婦なのだから、妻である私は当然あなたの仲間よ。無条件であなたを支え、全力で仕事を応援するわ。」

與 一:「数日後、私は部下の技師たちを連れて南部へ出張し、地方の父老と直接会って話し、支持を得るつもりだ。」

外代樹:「行ってらっしゃい。私は阿操と一緒に、私たちでできることを見つけるわ。」


17、日戲

時:大正七年三月上旬某日の午後
景:嘉義庁大会議室
人:八田與一、阿部貞壽、藏成信一、相賀照鄉庁長、「塩水港」社長荒井泰治、「大日本」社長藤山雷太、「台南」社長鈴木梅四郎、「台湾」社長山本悌二郎、「新興」社長陳中和、「明治」社長相馬半治、太保蔗農組合理事張甲榜、民雄庄長許木生、新營街長劉有德および各街庄長数十名、地方父老数百名

相賀庁長、街庄長および製糖会社代表、蔗農組合代表が出席し、「嘉南大圳開発説明会」が嘉義庁大会議室で開催される。会場で八田與一、阿部貞壽、藏成信一が出席者と直接意見を交わす。

荒 井:「先ほど阿部技師が述べた通り、この水利灌漑計画は北は濁水溪から南は曾文溪に至り、約十五万甲の農地に水を供給できる。しかし実現すれば、多くの甘蔗農家が灌漑を得た土地でより価値の高い稲作へ転換し、甘蔗生産は大幅に減少する。我々製糖会社は経営が成り立たなくなるため、基本的にこの計画には反対である。」

張甲榜:(不服そうに)「私は太保蔗農組合理事の張甲榜です。私たち蔗農は製糖会社の考え方に賛同できません。彼らは長期にわたり買付価格を不当に抑え、農民を搾取してきました。秤まで細工しているという話もあります。これは農民の間で広く知られた不満です。農民には作物選択の自由があります。もし会社が適正価格を提示しないなら、拒絶されるのは当然です。」

阿 部:「荒井社長、ご懸念についてですが、我々の計画責任者である八田総技師の〈嘉南平原水利灌漑計画書〉には『三年輪作』の構想があり、稲作と甘蔗の生産量を調整することで、甘蔗の急激な減少は起こりません。」

相 賀:(調停するように)「荒井社長、皆さん、結論を急がずに。張理事や各街庄長の皆さんも、まず阿部技師の説明を聞きましょう。」

阿 部:(大きな掛図を掲げる)「三年輪作制の概要は四点です。

(1)地形と水路に基づき、百五十甲を一給水区とし、水利組合が維持管理を行う。
(2)各給水区を五十甲単位で三分割し、一区は夏季に稲作、一区は甘蔗、一区は雑作とし、三年周期で輪換する。
(3)給水量と時期は監視員が土壌・気候・作物需要に応じて決定し、毎年初めに年間計画を策定する。
(4)給水は作物生育に合わせ、北港溪以北では稲作は5〜10月、甘蔗は9月〜翌2月、南では稲作は6〜9月、甘蔗は11月〜翌4月とする。」

相 賀:「素晴らしい構想ではありませんか。水資源を計画的に配分することで、すべての農地が順番に水を得て地力を最大限に活かせます。」

劉有德:「これは画期的な大事業です。農民の立場として全面的に支持します。ただ、私たち地方は何をすればよいのでしょうか。」

相 賀:「それこそが本日の会議の目的です。では八田総技師から説明してもらいましょう。」

與 一:「相賀庁長、各街庄長、そして遠路お越しの皆様。私はこの計画の設計者、八田與一です。先ほど支持の声を聞き、未来は明るいと確信しました。現在最大の問題は資金調達です。総督府は財政上の理由から短期的には負担できず、この大圳は民間の協力、すなわち地方の皆様の出資によって初めて実現可能となります。」

劉有德:「資金の問題なら、戸別募金にするのか、それとも分担方式にするのか、指示をいただきたい。」

與 一:「受益者は灌漑地域の農民です。したがって耕作面積に応じて建設費を分担するのが妥当です。また維持費も毎年必要となるため、それも地域で負担すべきです。」

会場では農民たちがざわめき、議論が高まる。

許木生:「では一甲あたりの負担額を早急に示してください。」

與 一:「はい、できるだけ早く算出いたします。」

劉有德:「私たち街庄長は率先して募金を行い、この計画を実現させたいと思います。必要なら署名を集め、総督府に地方の強い意志を伝えましょう。」

相 賀:「署名運動は有効でしょう。賛同します。」

與 一:(拱手して礼)「皆様のご支援、心より感謝いたします。」


18、日戲

時:大正七年三月中旬某日の午後
景:新営街役所前広場
人:劉有德街長、幹事、街民発仔および数百名の住民

新営街役所前広場にて、長机が並べられ、募金箱と署名布が置かれている。「住民一体となって嘉南大圳を推進せよ」と書かれた横断幕が掲げられる。住民たちが次々と募金し、署名する。

発仔:(台湾語)「街長、これしか寄付できません。すみません。」

劉有德:(台湾語)「発仔、気持ちが一番大事だ。無理する必要はない。」

発仔:(台湾語)「もし工事が始まったら、人手が足りなければ呼んでください。手伝います。」

劉有德:(台湾語)「分かった。必ず声をかける。みんなで助け合おう。」


19、日戲

時:大正七年三月下旬某日の午前
景:西門町近く静修孤児院
人:八田與一、藏成信一、大倉土木組技師宮田真人、喬治神父、大倉土木組作業員

與一と信一が喬治神父を伴い、工事現場を視察する。

與 一:「工事の進みが速いですね。わずか二週間で旧建物を撤去し、すでに基礎工事に入っています。」

宮 田:「当然です。大倉組は品質と効率が信条ですから。」

喬 治:「皆さんご苦労さまです。」

與 一:「こちらは私の学弟であり義弟でもある、藏成信一技師です。」

宮 田:(握手)「八田技師長の中核を担う方ですね。お会いできて光栄です。」

信 一:「こちらこそ。」

宮 田:「当社の喜八郎社長からも、今回の孤児院再建は公共的意義のある事業であり、全力で取り組むよう指示されています。」

與 一:「喜八郎社長によろしくお伝えください。」

宮 田:「承知しました。」

與 一:(名刺を出し)「私は近くに住んでいます。いつでもお越しください。」

宮 田:「ありがとうございます。嘉南平原の計画も進めているそうですね。」

與 一:「情報が早いですね。」

宮 田:「業界では有名な話ですから。」


20、日戲

時:大正七年四月上旬某日の午前
景:台北総督府明石総督執務室
人:明石総督、総務長官下村宏、八田與一

明石総督が八田與一を直接面会する。

下 村:「長官、八田技師が地方父老の署名を持参しました。」

與一が布の署名を机に広げる。

與 一:「ご覧ください。」

明石は感動した表情で見つめる。

與 一:「ご報告いたします。地方での募金活動により、初期資金として百二十万円が集まりました。計画の実施をご承認ください。」

明 石:「八田技師、まったく感服した。ここまでやるとは思わなかった。」

與 一:「ありがとうございます。」

明 石:「国会議員宛ての説明資料を作成し、来月内地へ戻る際に寺内首相に見せ、署名を付して国会へ提出する。」

與 一:「承知しました。」

明 石:「下村、山形、八田のような優秀な部下がいるのなら、私としては全面的に支持するしかない。」

下 村:「ありがとうございます。」

明 石:「八田、来春には工事隊を率いて現地調査に入りなさい。国会通過後、正式に着工する。」

與 一:「はい、長官!」



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