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ンで該当するフォン
2014/07/08 18:11
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焚き火という古い習慣に手を温めながら、すこしだけ神さまの気配を感じてみようとするが、そんな都合のいい信心に応えてくれる神さまはいないだろう。
古代人のように、火をみて神の声を聞くこともできなくなったわれわれは、せめておみくじを引いて神との交信をしてみるのかもしれない。
一枚の紙に刷られた、神の言葉を開いてみる。それはもはや、現代のお遊びなのだが、その言葉を信じてみたいという、古い血をすこしだけ熱くして楽しんでみる。

ぼくが引いたおみくじは、末吉だった。
大吉や中吉ではなく末の吉ときたら、わくわくできる言葉は少ないだろう。
ここの神社のおみくじは、まずは五言絶句の漢詩風のお言葉ではじまる。
焜鯨未変時(こんげいいまだへんぜざるとき)
且守碧譚渓(かつへきたんのたにをまもる)
風雲興巨浪(ふううんきょろをおこす)
一息過天地(いっそくてんちをすぐ)
最初の焜という字は、火へんではなくて魚へんだが、パソコンで該当するフォントを見つけられないので、よく似た文字で間に合わせた。
かくもややこしい漢字の羅列から、神さまの言葉を聞きとるのは容易ではない。

解釈文によると、焜鯨(こんげい)というのは大きな魚が竜になることらしい。碧譚渓(青い淵)に身をひそめて時を待てという。やがて風と雲が大波を起こし、竜は一気に天を駆けるという。
壮大すぎて文意を理解するのが難しい。天にのぼる竜巻の様子でも見るようで、自分の身にひきよせては考えにくい。
ここのおみくじは三段構えになっている。三段目でやっと砕けた表現になり、ぼくのようなぼんくらにも神さまの声がすこしだけ届く。
要するに、喜びごとや願いごとは遅くにやってくる、ということらしい。
さらに神さまは、ひとの心をくすぐることも心得ている。易しい言葉で夢を持たせてくれる。「縁談のちほどよし」などと。
いものだなあ なに多くて 現代の人でもある 出してきま 母は言った この土地で暮ら 親や兄弟や 臆病な子なのだろう 短期間に二度目 最美好的黃昏

全站分類:創作 散文
自訂分類:不分類
上一則: showcase Italian showmanship
下一則: 他們頑強堅持的心

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