
【第十三回】
1、昼の場面
時:大正九年三月上旬のある午前
場面:総督府土木局長水利課事務室
登場人物:八田与一、蔵成信一、阿部貞壽、湯本政夫、ヴァリス・ベリン
△与一は水利課事務室に戻る。
与 一:「皆さん、台南庁のほうで事件が起きた!」
△蔵成信一、阿部貞壽、湯本政夫、ヴァリス・ベリンが次々と囲んでくる。
信 一:「技師長、台南庁で何が起きたのですか?」
与 一:「地主たちが土地改編と随地の用水費徴収に不満を持ち、製糖業者の扇動のもと、立ち上がって騒ぎを起こしている。」
阿 部:「この製糖業者どもは本当にけしからん!やわらかい手段がだめなら、今度は強硬手段か!」
湯 本:「この製糖業者の連中は世の中を混乱させようとしている。我々は冷静に対応し、相手の手に応じて対処しなければならない。」
与 一:「局長が来週月曜日までに我々の人員を連れて現地に下りて対応し、枝徳二庁長の危機を解決するように命じた。」
湯 本:「局長は先ほど何か指示を出しましたか?」
与 一:「ある。姿勢は低く保て、しかし地主と製糖業者に対して重大な譲歩はしてはならないとのことだ。」
ベリン:「そうですか。それは処理が少し難しそうですね、技師長。」
与 一:「何を恐れる?我々は堂々と彼らに向き合い、あらゆる挑戦を受けよう。」
信 一:「少し不思議なのですが、なぜ嘉義庁や彰化支庁ではこのような騒動が起きていないのでしょうか?」
与 一:「それは不思議ではない。台南庁の管内には多くの製糖会社が分布しており、彼らは日頃から互いに連絡を取り合っている。また枝徳二庁長の行政方針は和を重んじるものだ。嘉義庁は違い、製糖会社の数が少ないうえに、相賀庁長はもともと強硬で決断力のある人物なので、製糖業者はその目の前で騒ぎを起こすことができないのだ。」
信 一:「技師長の分析を聞くと、製糖会社の連中は明らかに弱い者いじめで強い者を恐れているということですね。」
与 一:(苦笑)「そう言えば、その通りだ。」
2、夜の場面
時:大正九年三月下旬のある午前
場面:西門町・八田与一宅の客間
登場人物:八田与一、外代樹、蔵成信一、秀子、阿操
△客間では、外代樹が毛糸を編み、与一は藤椅子に座り、手に茶を持ちながら窓の外をぼんやり見つめている。
外代樹:「あなた、何か心配ごとがあるの?気が晴れないの?」
与 一:(うなずく)「公務のことだ。」
外代樹:「私に話してみない?」
与 一:「台南庁長が問題に直面している。製糖業者が地主を扇動して騒ぎを起こし、総督府に私の担当している水利工事を放棄させようとしている。山形局長は私に部下を率いて台南に行き、地主たちとよく話し合い、庁長の危機を解決するよう命じた。」
外代樹:「そうした争いは結局すべて利害の衝突が原因よ。あなたがこの水利工事を進めることで地主にどんな利益があるかを示せば、彼ら自身が考えるはずよ。」
与 一:「君の言う通りだ。この水利工事は土地の生産力を高め、土地の価値を上昇させる。しかし地主たちは土地改編と用水費徴収を受け入れようとしない。」
外代樹:「それなら簡単よ。地主たちにこう言えばいいの。世の中にただ乗りはない、利益だけを得たり不労所得を得ることは文明社会では許されない、と。」
与 一:「妻よ、君の分析は理にかなっている。利益を独占し不労所得を望むのがまさに彼らの考え方だ。私は彼らに対応する方法が見えてきた。」
外代樹:「まずはそのことで悩むのはやめて、明日は私と一緒に指南宮へ気晴らしに行きましょう。山道の景色がとても良いらしいわ。」
与 一:「いいね。一緒に気晴らしに行こう。」
外代樹:(ふくらんだお腹に触れながら)「赤ちゃんを身ごもってから、あまり体を動かしていないの。」
与 一:「うん、適度な運動は必要だね。出産のときも楽になる。」
外代樹:(微笑む)「そんな知識まで知っているの?」
与 一:「もちろんだ。もう父親になるのだから、何も知らないわけにはいかないだろう。」
3、昼の場面
時:大正九年三月下旬のある午前
場面:台北州木柵山の道教寺院「指南宮」
登場人物:八田与一、外代樹(妊娠八か月)、阿操、老婆、通訳員、参拝者数人
○台北州木柵山の道教寺院「指南宮」は一八九〇年に建立された。
△与一と妊娠中の外代樹、そして阿操の一行は指南宮へ向かう参道を歩いている。
与 一:(手を握りながら)「外代樹、この道は少し歩きにくいから、気をつけてゆっくり歩くんだ。」
外代樹:「大丈夫よ。少し運動するのはお腹の赤ちゃんにもいいの。むしろ阿操のほうが、供え物を持って石段を登るほうが大変でしょう。」
阿 操:「大丈夫です、奥様。私は疲れていません。」
外代樹:「ここではどの神様が祀られているの?」
与 一:「指南宮には多くの神が祀られているが、主神は八仙の一人である呂洞賓だ。」
外代樹:「呂洞賓?」
与 一:「台湾では香火が非常に盛んで、信仰されている神だ。伝説では、彼は八仙の何仙姑と恋に落ちたが、最後は成就しなかった。そのため彼は仲の良い男女を嫉妬し、情を裂く神だと言われている。」
外代樹:「そうなのね。でも仙人になっても人間のように嫉妬するなんて、本当に人間らしい神様ね。愛した人に捨てられた呂洞賓は、少しかわいそうね。」
与 一:「妻よ、君は本当に優しい心の持ち主だな。神様にまで同情するとは。」
△山腹の「純陽宝殿」前で、一行は冷たい飲み物を買おうとしている。線香の煙が立ち込め、目が痛くなるほどである。角には香を売る老婆がおり、ずっと外代樹を見つめている。外代樹は会釈する。老婆は近づき台湾語で何か言うが外代樹には分からない。通訳が呼ばれる。
通訳員:「奥様、この老婆はあなたを生き神だと言っています。」
外代樹:「私が生き神?どうして?」
通訳員:「水の神の生まれ変わりで、ご主人と共に人々を救うために来たと言っています。私は適当に訳しているのではありません。普段はそんなことを言う人ではないのですが、今日は暑さのせいかもしれません。」
外代樹:「大丈夫です。女神だと言われて嬉しいです。お礼を伝えてください。」
△老婆はさらに話そうとするが、通訳と共に社務所へ向かう。
与 一:「老婆は君が人々を守る女神だと言っている。私もそう思う。金沢で初めて会ったときから、不思議な力を感じていた。」
外代樹:(嬉しそうに)「そう言われると嬉しいけれど、今の私はあなたの妻として子どもを産み、家庭を守ることが務めよ。そして嘉南平原を美しい水の大地に変えるのがあなたの仕事。」
与 一:「君は本当に良き内助の功だ。君と結婚できたのは天の導きだろう。我々は共に祈ろう。」
△香を手に取り祈願する。
与 一:「何を願った?」
外代樹:「あなたの健康と仕事の成功よ。」
与 一:「私も同じだ。君と子どもの健康と私の仕事の成功だ。」
外代樹:(微笑)「それが私たちの心の一致ね。」
4、昼の場面
時:大正九年三月下旬のある午前
場面:台南庁政府大会議室
登場人物:八田与一、蔵成信一、阿部貞壽、湯本政夫、ヴァリス・ベリン、枝徳二庁長、村上宏、酒井正太、各社社長、地主、民衆多数
△会議室は満席である。
枝徳二:「本日の公聴会は、農民と担当官が直接対話するためのものです。冷静に議論し、秩序を乱さないようにしてください。」
村上宏:「まず嘉南水利工事の責任者である八田技師とその一行から、土地改編・用水費徴収・四六制小作について説明を行い、その後自由に質問を受けます。」
与 一:「この三つの行政命令は、私が自ら庁長および総督府に提案したものです。これはこの事業の成否に関わるからです。」
△会場がざわめく。
与 一:「建設費の六割を地方が負担するため用水費徴収は必要です。さらに土地改編は灌漑効率のためです。四六制は小作人の生活改善のためです。」
△設計図が広げられる。
信 一:「主水路・支水路は網状に配置され、効率的に水を供給するため土地改編が必要です。」
村上宏:「質問を受け付けます。」
邱阿舍:「地主の収益が三七になるのは不公平だ。」
与 一:「用水費は土地所有者に課すのが合理的であり、弱者である小作人を保護する必要がある。」
陳太官:「強制収用は受け入れられない。」
与 一:「公共事業は多数の利益のためであり、少数の反対で止めることはできない。」
△議論が続き、地主たちは徐々に理解を示す。
与 一:「この事業で最大の利益を得るのは皆さんです。土地の価値は倍増します。」
△拍手が起こる。
△社長二人は退席する。
5、夜の場面
時:大正九年三月下旬のある午前
場面:西門町・八田与一宅の客間
登場人物:八田与一、外代樹、蔵成信一、秀子、阿操
△客間では、二家族が共に食事をしている。
信 一:「今回、義兄と一緒に台南庁へ行ったとき、あのような熱気に満ちた大きな場面で、義兄の的確な話術を目の当たりにしましたが、あれは本当に私には真似できません。」
外代樹:「えっ?あなたはいつも内向的で無口で、言葉が得意ではないのではなかったの?」
与 一:(微笑)「あのときは、ただ地主たちをどう説得するか、それだけを考えていた。自分の理想を実現するために弁護していただけだ。」
信 一:「実は義兄は話下手ではありません。大学時代から、義兄はよく大げさに議論していました。そのため皆から『ほら吹き八田』というあだ名を付けられていました。」
外代樹:「そうなの?『ほら吹き八田』ね。それならなおさら変ね。そんなに話せるのに、どうして私には甘い言葉をあまり言わないの?」
与 一:(困った様子)「女性を喜ばせるのはあまり得意ではないんだ。」
外代樹:「そうなの?ではどうして前田秋美はあんなにあなたに積極的なの?」
与 一:(困った様子)「妻よ!勘弁してくれ。秋美とは本当に何もない。」
秀 子:「従姉さん、女性を喜ばせることなら、本当にすごいのはうちの信一のほうよ。大学時代から前科だらけ!」
信 一:「たった二回恋愛しただけじゃないか。妻よ、昔のことをほじくり返して何になるんだ?」
秀 子:「昔のことはちゃんと覚えておかないと、また同じことを繰り返すでしょ!」
信 一:「しませんよ。もう君と結婚したんだから。」
秀 子:「どうせそんな度胸もないわよ!」
与 一:(無実で不満げな表情)「どうしてこうなるんだ。話題が勝手に逸れて、こっちに飛んでくるとは。」
6、日中の場面
時:大正九年五月中旬のある午前
場面:西門町・八田与一宅の寝室/総督府土木局
登場人物:外代樹、秀子、阿操、八田与一、蔵成信一、阿部貞壽、ベリン
△寝室では、外代樹が布団にもたれ、汗をかきながら陣痛に耐えている。
秀 子:「従姉さん、もう少し我慢して。私は路地まで三輪車を呼びに行って、すぐ病院へ連れて行くから。阿操姉さん、旦那様に電話して、すぐ戻るように伝えて。奥様がもうすぐ出産だと言って、帝大病院の産婦人科で合流するように。」
阿 操:「はい、小姐。すぐに行きます。」
△秀子が立ち去る。阿操は玄関へ行き電話をかける。水利課の事務室では蔵成信一が電話を受け、与一は小さな会議を主宰している。
阿 操:「総督府土木局水利課でしょうか?」
信 一:「阿操だね?俺は信一だ。」
阿 操:「旦那様はいらっしゃいますか?奥様が出産されます。」
信 一:(受話器を渡す)「技師長、阿操から電話です。奥様がご出産とのことです。」
与 一:「阿操、俺だ。」
阿 操:「旦那様、奥様がご出産されます。秀子が路地で車を呼びに行き、旦那様はすぐ帝大病院の産婦人科へ来るようにとのことです。」
与 一:「分かった。すぐ向かう。」
△与一は電話を切り、喜びを隠せない。
与 一:「皆さん、本日の討論はここまでにしましょう。」
阿 部:「技師長、おめでとうございます。お父さんになりますね。」
与 一:「阿部、ベリン、君たち二人の独身者も頑張れ。」
ベリン:「技師長、羅漢脚の意味をご存じなんですね?」
与 一:「君たちの俗語だろう。つまり独身者のことだ。」
阿 部:「それは聞いたことがありますが、なぜ羅漢脚というのですか?羅漢と何の関係が?」
与 一:(微笑)「それはベリンに説明させよう。俺は病院へ急ぐ。」
7、日中の場面
時:大正九年五月中旬のある午前
場面:帝大病院産婦人科・病室外の廊下
登場人物:外代樹、秀子、八田与一、曉月
△産婦人科の廊下で与一が行ったり来たりし、時折木の扉を見る。秀子は長椅子に座り、扉と与一を交互に見ている。
与 一:「どうしてこんなに長いんだ?」
秀 子:「初産で自然分娩だから、陣痛の時間が長いのよ。義兄さん、もう少し我慢して。」
△産室から赤ん坊の泣き声が聞こえる。与一が立ち止まり、秀子も立つ。二人は扉の前で待つ。看護婦が赤ん坊を抱き、もう一人が産婦を押して出てくる。
看護婦:「八田さん、おめでとうございます。とても可愛らしい女の子ですよ。」
△与一は赤ん坊を受け取り、手がわずかに震える。
与 一:「ありがとうございます、ありがとうございます。」
医 師:「八田さん、初産ですが自然分娩はとても順調でした。産婦をしっかり休ませてください。」
与 一:「はい、先生。」
秀 子:「はい。」
△曉月が贈り物を持って見舞いに来る。
△与一は女児を抱いて病室の外代樹のもとへ行き、片手で外代樹の顔を優しく撫でる。
与 一:「妻よ、よく頑張ったな。」
△外代樹は力なく微笑みながらうなずく。
与 一:「可愛い女の子だ。君に似ている。」
△与一は外代樹の額に軽く口づけする。
△その様子を見て曉月は一瞬失望の表情を見せるが、すぐに気持ちを整え祝福へ向かう。
8、日中の場面
時:大正九年五月中旬のある午前
場面:西門町・八田与一宅の寝室
登場人物:外代樹、秀子、阿操、八田与一、蔵成信一、阿部貞壽、ベリン
△寝室の隅で外代樹が蒸気アイロンで与一のシャツをかけている。与一は娘・正子を抱いてあやしている。
与 一:「妻よ、見てごらん。正子が笑った。俺に笑いかけた。」
外代樹:「ばかね。生後二ヶ月の赤ん坊が笑うわけないでしょ。」
与 一:「さっき確かに俺に向かって笑ったんだ。」
外代樹:「あなたね、子どもをうるさがるようにならないでよ。」
与 一:「そんなことあるか。君が何人産んでも、俺は嫌になんてならない。」
外代樹:「私を産む雌鶏か何かだと思ってるの?」
与 一:「違うよ。何人産んでも、同じように愛するという意味だ。」
外代樹:「その言葉、忘れないでよ。」
9、薄暮の場面
時:大正九年六月下旬のある午前
場面:西門町・静修孤児院の門前
登場人物:外代樹、秀子、赤ん坊
△外代樹と秀子が孤児院の門を出たところで、赤ん坊の泣き声が聞こえる。
外代樹:「あれ?どうして赤ん坊の泣き声が?」
秀 子:「探してみましょう。」
△二人は声のする方へ行き、壁のそばで竹かごを見つける。中に赤ん坊がいる。
秀 子:「誰の子かしら?」
外代樹:「捨てられたのかもしれないわ。ほら、封筒がある。」
秀 子:「開けてみる?」
外代樹:「ええ。」
△秀子が封筒を開け、外代樹に渡す。
秀 子:「やはり親に捨てられたのね。」
外代樹:「孤児院に渡しましょう。」
秀 子:「生まれたばかりみたい。修道女たちには大変かもしれないわ。」
外代樹:「じゃあ、あなたが引き取るの?」
秀 子:「ええ。私と信一にはまだ子どもがいないから。」
外代樹:「そうね。院には知らせる?」
秀 子:「たぶん知らせなくていいわ。」
外代樹:「じゃあまず、この子の服とミルクを買いましょう。」
秀 子:「ええ。」
外代樹:「私も一緒に行くわ。」
△秀子は赤ん坊を抱き、二人は街へ向かう。
【第十三回】
10、夜戲
時:大正九年六月下旬某日の夜
景:西門町・蔵成信一宅の居間
人:蔵成信一、秀子、幼児
△蔵成信一宅の居間にて、秀子は片足で揺りかごを押しながら、手には嬰児服のボタンを縫っている。信一が外から帰宅し、揺りかごの中の赤子を見る。
信一:(驚いて)「この赤ん坊はどこから来たんだ?」
秀子:「孤児院の門の前で拾ってきたの。」
信一:「おお?それをここに置いて育てるつもりか?」
秀子:「そうよ。うちはこの子一人くらい養えないわけじゃないでしょう。」
信一:「そういう意味じゃないよ。僕たちはまだ若いし、これから自分たちの子供だってできる。」
秀子:「それとこの子とは関係ないでしょう。」
信一:「まあ……そうだけど。」
秀子:「この子、抱いてみない?男の子で、とても顔立ちが綺麗よ。」
△信一は揺りかごから赤子を抱き上げる。
信一:「この子、名前はもう決めたのか?」
秀子:「まだよ。あなたが付けて。」
信一:(考え込む)「うーん……大志、どうだ?」
秀子:「あなたがそれでいいならそれでいいわ。明日、戸籍の届けを出してくるわ。」
11、夜戲
時:大正九年八月下旬某日の夜
景:西門町・八田與一宅の居間
人:八田與一、外代樹、蔵成信一、秀子、大志(数か月の乳児)、正子(数か月の乳児)
△八田家の居間で、両家そろって夕食をとっている。
外代樹:「與一、あなたの衣類と荷物は全部用意しておいたわ。」
與一:「夫人、そこまでしてくれてありがとう。」
外代樹:「当然のことよ。今回あなたと信一さんは嘉義へ行って、大圳工事の着工準備でしょう?数か月は戻れないのでは?」
與一:「そうだね。向こうの出張所の宿舎ができるまで、君たちは後から来てもらうことになる。」
外代樹:「南部は台北ほど衛生環境が良くないから、薬を持たせておいたわ。症状が出たらすぐ飲んで、悪くなったら必ず医者へ行って。」
秀子:「表姐、本当に姐夫のことをよく考えているのね。」
外代樹:「あの人は仕事に夢中になると自分の体を忘れるから、言っておかないと危ないのよ。」
與一:「秀子、君の表姐はまだ体が完全に回復していない。僕たちがいない間、頼むよ。」
秀子:「任せて、姐夫。林夫人と一緒にしっかり面倒を見るわ。」
外代樹:「信一、遠出するのに秀子に何も言わないの?」
信一:(苦笑)「昨日全部言ったよ。でも僕が聞く側だった。二時間もずっと説教されたよ。」
秀子:「あなたが頼りないからでしょ!」
信一:「ほら、またそうやって……」
△與一と外代樹は笑う。
12、日戲
時:大正九年八月三十日午前
景:台南庁庁舎前広場
人:下村宏、山形要助、八田與一、枝徳二、相賀照郷、蔵成信一、阿部貞壽、白木原民次、小原一策、川山丈澄、小田省三、湯本政夫、磯田謙雄、貝林、技師・助手一同、各界来賓数百名
△台南庁前広場で「嘉南大圳および烏山頭貯水池起工式」が厳かに執り行われている。
△山形が式台に上がり挨拶と主祭官・下村宏の紹介を行う。続いて下村の挨拶、両庁長の挨拶が続く。
△外代樹の独白
「台北の指南宮に行った後、大正九年八月三十日、嘉南平原を灌漑するため、総督府土木局長を管理者として、台南庁長枝徳二、嘉義庁長相賀照郷を副管理者として『公共埤圳官田渓埤圳組合』が設立された。與一は総技師として参加し、九月一日には工事が開始された。この日は私にとって一生忘れられない日だった。與一の夢が飛び立つ日だった。私はとても嬉しかった。もし阿操が妊娠中の私を気遣って家に留めなければ、この式典に出席したかった。」
△最後に與一が登壇する。
與一:「明石総督のご支援、下村長官、山形局長、両庁長のご協力に感謝いたします。我々嘉南大圳建設技師団は全力を尽くし、使命を果たします……」
13、日戲
時:大正九年九月上旬某日の午前
景:嘉義建設本部仮設事務所会議室
人:八田與一技師長、阿部貞壽、蔵成信一、白木原民次、湯本政夫、織田謙雄、小原一策、小田省三、山根長次男、瓦歴斯・貝林ほか技師一同
△嘉義建設本部仮設事務所会議室で会議が行われている。
與一:「皆さん、これは我々工事チームが嘉義に入ってから最初の正式会議です。今後多くの困難に直面しますが、全員の協力が必要です。これは史上最大規模の水利工事であり、我々技師はその成否を背負っています。必ず成功させ、途中で放棄することはできません。」
阿部:「この工事は私が技師になって以来、最大の案件です。肩の重圧は大きいですが、全力を尽くします。皆も同じ気持ちだと思います。」
信一:「阿部技師の言う通りです。これは大きな挑戦です。この挑戦の中で実務経験を積み、成長したいと思います。」
與一:「皆さんは箸の話を知っているでしょうか。ある成り上がりの老人が四人の息子を持っていました。彼らは皆成功していましたが、協力せず互いに利己的でした。老人は一本の箸を折らせると簡単に折れました。二本束でも折れました。しかし束ねた多くの箸は誰も折れませんでした。息子たちは理解し、団結することを誓いました。この話が示すのは何か?」
民次:「団結は力だということです。」
與一:「その通りです。我々のチームも協力すれば大きな力を発揮できます。今後の方針として、私は数名の技師をアメリカへ派遣し、現地の水利工事を視察させる予定です。またアメリカやドイツから大型機械を導入し、工事の効率化を図ります。」
信一:「蒸気ショベルやブルドーザーのことですね?」
與一:「それだけではありません。大型コンクリートミキサーなども含みます。現地視察後に必要な機械を決定します。」
小田:「高価な機械は組合が認めないのでは?」
與一:「説得するつもりです。しかし6年の工期を考えれば、人件費削減効果は大きく、十分に投資価値があります。」
民次:「日本ではまだ珍しい機械ですね。」
與一:「認識不足なだけです。完成後は他工事にも転用できます。」
阿部:「人力でも堰堤は作れますが?」
與一:「可能ですが効率が違います。蒸気ショベル一台は百人以上の作業量に相当します。」
小原:「操作できる技術者は?」
與一:「機械メーカーから訓練を受け、種子技師を育成します。」
信一:「現代機械導入に賛成です。」
與一:「改革には必ず先導者が必要です。」
民次:「技師長の見識に敬服します。」
14、日戲
時:大正九年九月中旬のある午後
景:西門町・満妹の菜園
人:郭水生、中川曉月、陳來成ら数名の孤児院の子供
△菜園の中で、郭水生は数人の孤児院の子供たちを指揮している。ある者は水を運び、ある者は土地を耕している。大きな冬瓜が稲わらを敷いた地面に横たわり、棚の上には糸瓜、匏瓜、南瓜が実っている。
郭水生:「來成、阿文、お前たちで竹籠を持って来い。私が瓜を採って、お前たちに孤児院へ持ち帰らせてやる。」
來成:「来たよ、水生兄さん。」
曉月:「水生兄さん、この子たちはあなたにとても懐いていて、よく言うことを聞きますね。」
郭水生:「そうだ。彼らはまるで私の弟や妹のようだ。私は元々孤児だった。十歳の時に養父に引き取られ、饅頭作りを学んだ。食べられる日もあれば食べられない日もある浮浪児の生活を経験した。養父が亡くなった後、その店は私に残された。孤児院の前を通るたびに、親のいない子供や捨てられた子供を見ると、かつての自分も彼らと同じだったことを思い出す。」
曉月:「なるほど。私も小さい頃から兄と二人きりで支え合って生きてきたので、親のいない子供たちの生活の辛さは理解できます。」
郭水生:「だからこの仕事に応募したのか?」
曉月:「そうですね。この仕事のおかげで、多くの子供たちの世話をする機会があると思えます。」
郭水生:「私はいつも子供たちに言っている。一時の貧しさには耐えられても、決して悪い道に進んではならない、と。」
曉月:「そうですね。一度道を誤れば、元に戻るのはとても難しいです。」
15、日戲
時:大正九年九月中旬のある午前
景:嘉義建設本部組合管理人会議室
人:八田與一、藏成信一、管理人枝德二、副管理人相賀照鄉
△嘉義建設本部組合管理人会議室にて、八田與一と信一が管理人枝德二を説得している。
枝德二:「八田技師長、あなたの言うことはもっともです。しかし高価な大型機械の購入は、相当な経費になります。大型機械をいくつか指定し、工事請負業者に資金を出させて購入させることもできるのではないか?結局それらは彼らが施工時に使うのだから。」
與一:「もちろん私は請負業者とも話し合うつもりです。しかし、彼らが最初から資金を出して大型土木機械を購入することに同意するとは思っていません。実際にそれらの機械を使い、その利点を体験した後でなければ、納得しないでしょう。」
枝德二:「もし請負業者の負担で機械を購入する案が無理なら、その費用は必然的に総督府と大圳組合が負担することになる。しかしその場合、大型土木機械の予算は工事全体の予算を押し上げる。もし総督府が一部の予算を出せず、組合だけで負担するとなれば、追加予算は農民の負担増につながる。だからまず総督府と協議して補助額を決めるべきだ。そうでなければ私は農民を説得できない。彼らは最大の出資者なのだから。」
與一:「枝管理人、総督府の方には必ず直接赴き、下村長官と山形局長に、工事初期において機械購入費の一部補助をお願いするつもりです。しかし私の考えでは、大型機械の導入は総工費を増やさない形で実施すべきです。」
枝德二:(興味を示して)「ほう?総工費を増やさないと言うのか?それはどうやって実現するのだ?」
與一:「それは難しくも面倒でもありません。」
照鄉:「詳しく聞かせてください、技師長。」
與一:「私の方法はこうです。工事初期に、大圳組合と総督府からの補助金の中からまず機械購入費を取り出し、それを請負業者に使用させる。そして毎年、請負業者に支払う工事代金の中から、機械の購入費と維持費を分割して償却する。つまり、この部分の費用は工事代金から差し引く項目とするのです。」
枝德二:(思案して)「なるほど……請負業者を説得できれば、この方法は確かに可能かもしれない。」
與一:「もちろん可能です。なぜなら請負業者は工事初期に巨額の機械投資を負担する必要がなく、そのような有利な条件であれば受け入れるはずです。」
照鄉:「枝管理人、私はこの提案を専門的見地から真剣に検討すべきだと思います。技師長の言う通り、大型機械を使えば人件費を大幅に節約でき、長期的に見れば機械の購入・維持費を相殺できるはずです。」
與一:「相賀副管理人、八田から心より感謝申し上げます。嘉南大圳工事において、あなたの私と私のチームへの支持は一貫して揺るぎなく、心強く感じております。」
照鄉:「技師長、私の管轄である嘉義庁は長年洪水と干ばつに苦しめられ、冬の水不足は台南庁よりも深刻です。あなたが設計した桃園大圳から、私はこの地域の未来像を見ました。この嘉南平原のために尽力される以上、私は全力で支持します。」
枝德二:「相賀副管理人までそう言うのであれば、私もこれ以上難題を突きつけていると思われたくはない。まず請負業者と総督府と協議し、初期案を出してください。その後、我々で詳細に検討し、できる限り要望に応えます。さらにもう一つ、組合としての決定を先に伝えておきます。烏山頭出張所が運営開始となれば、あなたは土木局技師長の職を辞し、組合の烏山頭出張所長として管理責任を担っていただきます。」
與一:「承知しました、枝管理人。」
15、日戲(庭院)
時:大正九年九月中旬のある午後
景:秀子の家の庭
人:外代樹、秀子、満妹、正子(長女・数か月)、藏成大志(男児・数か月)
△秀子の家の庭で、阿操が芒果の木に登っている。秀子と満妹は大きな布を広げ、阿操が竹竿の刃で切り落とす芒果を受け取っている。外代樹は正子を抱いて授乳し、大志は揺りかごで昼寝をしている。
満妹:「阿操、熟れたものから取ってね。新鮮なのを食べたいから。」
阿操:「はい!」
秀子:「ちゃんと足元に気をつけてね。落ちたら受け止められないわよ。」
阿操:「分かってるわ!」
満妹:(耳元で小声で)「八田奥さん、阿操は水生の求婚を受け入れたわ。」
外代樹:「それは良かったわね。水生は信頼できる人よ。」
秀子:(わざと大声で)「阿操姉さん、結婚式楽しみにしてるわよ!」
阿操:(驚いて)「あっ!びっくりした、落ちそうになったじゃない!」
16、日劇
時:大正九年九月中旬のある午後
景:嘉義建設本部仮設事務所の会議室
人:八田與一、藏成信一および大倉土木組棟梁大倉喜八郎、鹿島組若旦那鹿島精一、住吉組棟梁住吉秀松
△嘉義建設本部仮設事務所の会議室にて、八田與一と技師たちは工事請負業者の代表たちと会議を行っている。
與一:「各位大圳組合関連工事の落札請負業者の責任者の皆様、本日はわざわざお越しいただき会議にご参加いただきましたのは、工事施工期間中に大型土木機械を使用する件について討議するためです。まずは藏成技師より簡単にご報告申し上げます。」
△與一のこの言葉を受けて、三人の請負業者の責任者は互いに顔を見合わせた。
信一:「各位大旦那様、我々組合内部で協議を重ね、初歩的な合意に達しました。それは今後六年間の施工期間において、各請負業者所属の建設機構は大型土木機械の使用に協力しなければならないということです。これにより施工効率を大幅に向上させ、人力コストを節約し、予定工期内での完成を可能にするというものです。」
喜八郎:「この要請には非常に驚かされました。確かに我が大倉組はかつてアメリカから蒸気掘削機を導入したことがありますが、あまり使用しておりません。整備が非常に面倒であり、導入当初の価格も高額で、さらに維持費も軽くはありません。」
與一:「それこそが本日皆様にご説明したい重要な点の一つです。確かに大型土木機械の導入には多額の費用がかかります。しかし、これらの大型機械を使用せずに施工するならば、十年どころか二十年を費やしても全体の大圳工事を完成させることは困難でしょう。私が当初六年の工期を想定したのも、大型機械の使用を前提としていたからです。」
精一:「技師長、私が申し上げたい要点は三つあります。第一に、大型土木工事は日本内地でも当地でも、現在なお人力施工が主流であり、大型機械の使用は極めて稀です。第二に、この種の大型機械の導入には高額な費用だけでなく、操作および簡易修理の人材育成も必要です。しかも現時点では内地に大型機械の修理業者も存在せず、重大故障が発生すれば原産地へ送るか、技術者を派遣してもらう必要があり、非常に時間と手間がかかります。第三に、もし我々請負業者がこれら高価な機械の導入費および維持費を負担するならば、資金繰りが困難となり、当初見込んだ利益を圧迫し、経営に重大な影響を及ぼします。」
秀松:「鹿島組若旦那のおっしゃる通りです。これらは我々の懸念事項です。」
與一:「各位のご懸念については、すべて詳細に検討しております。まず第一に、大型機械を用いることで施工効率が上がり、工期を短縮でき、予定通りの完成が可能となります。また人件費も大幅に節約できます。工期が遅延すれば、十五万ヘクタールの土地が不毛のまま放置されることになります。確かに機械は高価ですが、工期を短縮できれば早期に利益を得ることができます。もし一年でも工期を短縮できれば、嘉南平原の価値を早期に生み出し、高価な土木機械の費用も早期に償却できます。いずれにせよ、結果としてこれは極めて合理的な投資です。」
喜八郎:「技師長のお考えは理解できたように思います。しかしこれらの大型機械への投資は我々の財力を超えております。そのため、総督府および大圳組合に資金面での貸付支援をお願いしたいと考えております。」
與一:「各位に申し上げますが、大型機械の導入に関して、総督府および大圳組合から資金貸付を受ける必要はありません。」
秀松:(訝しげに)「ほう?資金貸付を受けないのであれば、我々はどこからその資金を得て機械を導入するのですか?」
與一:「私が考えている方法はこうです。これらの機械はまず大圳組合の工事予算から費用を捻出して購入し、各請負業者の実際の施工に応じて使用させます。その後、毎年減価償却費として処理し、工事完了時にはこれらの機械は各請負業者の所有となります。つまり、毎年支払われる工事代金の中から機械の購入費および維持費を差し引く形にするのです。これにより初期段階で請負業者が多額の機械投資を負担する必要はなくなります。また工事完了後も、これらの機械は他の大型工事に再利用できます。」
喜八郎:「技師長、そのようなリース的な機械導入方式であれば条件は非常に柔軟です。持ち帰り、社内で慎重に検討いたしますが、賛同を得られる可能性は高いと思われます。」
與一:「喜八郎総裁、そのようにご理解いただければ幸いです。内地日本には現在大型機械製造会社が存在しませんが、それは製造技術が不足しているためです。そしてその原因は、その技術を必要とする技術者が存在しなかったからです。今後、大型機械の価値が理解されれば、内地の建設業者も施工において大型機械を主流とするようになるでしょう。烏山頭ダム工事はその第一歩です。土木機械に依存する時代が到来するのは必然です。これは私個人の予測ではなく時代の流れそのものです。また今後台湾の開発においては各種大型工事が続々と実施され、大型土木機械とそれを操作できる技術者が必要となります。従来導入されなかった理由は操作技術者の不足であり、嘉南大圳工事で先行導入することにより、その技術者を育成することができます。」
精一:「本日の会議において、八田技師長の見識には大いに啓発されました。帰社後、重要幹部に本件を伝達し、相当の刺激となると確信しております。」
喜八郎:「私も同様です。ともに機械化時代の到来を迎えましょう。」
△三人の代表は立ち上がり、八田與一および藏成信一と握手を交わした。
17、日劇
時:大正九年九月中旬のある午前
景:総督府土木局長室および総務長官室
人:八田與一、総務長官下村宏、土木局長山形要助
△八田與一が土木局長室に入ると、山形要助局長は電話中であり、與一にソファに座るよう手で示した。
山形:「蒸気浚渫船、サンドポンプ、掘削機およびダンプトラックについて、筒井所長、必要となる大型機械の一覧表を作成し、後日技師を数名連れて国外で調達するように。以上、清書したリストを待つ。」
△電話を置き、山形は席に戻った。
山形:「高雄港第一期拡張工事では、筒井丑五郎所長が国外から大型機械を導入する計画です。」
與一:(微笑み)「それは奇遇です。私も機械調達の件で局長にご相談に伺いました。」
山形:「ほう?私はてっきりあなたの大圳工事にはそれら機械は不要だと思っていましたが。」
與一:「必要ないはずがありません。私の計画では六年で完成予定です。大型機械なしでは工期内完成は不可能です。」
山形:「なるほど。あなたの仕事ぶりからして、すでに十分に検討されているのでしょう。では調達計画を聞かせてください。」
與一:「私は筒井所長と同様に、部下を連れてアメリカやカナダなどへ水利工事の視察に行き、そのついでに大型土木機械を調達する計画です。」
山形:「それは良い経験になりますな。先進の知識を学んでくるとよい。ただし、そのついでに機械を購入するなら、請負業者に負担させることは考えなかったのですか?」
與一:「局長、それら機械は高額であり、工事初期に請負業者が負担することは困難です。」
山形:「そうですか。それではどうするのですか?かなりの金額になるはずですが。まさか総督府と大圳組合が負担するつもりですか?完成後はほとんど使用機会がなく、烏山頭では廃鉄になるだけでしょう。」
與一:「私の考えでは、機械を購入後に請負業者へ貸与し、リース方式で毎年減価償却および維持費を工事代金から差し引く方法です。工事完了時には機械は請負業者の所有とします。」
山形:「それは合理的な方法ですね。高雄港工事とは事情が異なり、あちらは港務局が継続利用するため、この方式は適用できません。」
與一:「局長、この計画を下村長官に直接ご報告したいと思います。」
山形:「それがよいでしょう。下村長官はあなたの嘉南大圳建設を強く支持していますから、直接説明すれば今後も話が通りやすくなるでしょう。私も同行します。」
△山形局長は八田與一とともに総務長官室へ向かった。
下村:「八田與一、今日は相談があるのだろう?」
與一:「はい、長官。」
下村:「率直に言いなさい。」
與一:「私は部下を連れてアメリカやカナダへ水利工事の視察に行きたいと考えています。彼らの技術は我々より進んでいます。」
下村:「それは良いことだ。学んで持ち帰りなさい。」
山形:「さらに八田技師長はアメリカから大型土木機械を導入し、作業効率と人件費削減を図る計画です。」
下村:「それは良い。しかし高額でしょう。それに維持管理と操作要員の育成も必要です。」
山形:「その点はすべて検討済みです。」
下村:「では、その計画の通り実行しなさい。」
18、日戲
時:大正九年九月中旬某日午前
景:西門町繁華街商店街
人:八田与一、中川暁月、露店商、通行人
△八田与一は西門町繁華街商店街で買い物をしており、ある子供服店の前まで来る。店主が自ら彼に声をかける。
店主:「こちらのお客様、お子様にお召しになるお洋服をお買いですか?」
与一:「はい、店主さん、二歳の女の子用の服はありますか?」
店主:「外出用と室内用、どちらになさいますか?」
与一:「どちらも持ってきて、選ばせてください。」
店主:「外出用でしたら、この数点の小さな洋装は、本土からの生地で品質も良く、デザインもかなり新しい流行のものです。まずご覧になって気に入るものがあるかどうかご確認ください。」
与一:「このレースの縁取りがある、ピンク色の小さな洋装、胸にリボンが付いていて、とても可愛いですね。」
店主:「お目が高いですね。この洋装は完全な手縫いで、仕上がりもとても丁寧です。」
与一:「ではこれにします。包んでください。」
店主:「かしこまりました、少々お待ちください。」
△その時、暁月も偶然この通りにやって来る。
暁月:「与一、偶然ね。あなたも買い物?」
与一:「暁月か。二歳の女の子の子供服を買いに来たんだ。」
暁月:「私は西門町に映画を見に来て、それからここの屋台の食べ物を味わいに来たの。修道女の紹介で、ここは種類も多くて値段も安いって聞いたから、授業がない時はよくここに来るの。」
与一:「私はこの近くの路地に住んでいるけれど、あまり商店街をぶらぶらしたことはないな。」
暁月:「あなたは本当に忙しい人ね。」
与一:「仕方ない、職務だから。」
△与一は振り向いて支払いをし、店主から紙箱を受け取る。
暁月:「まだ見て回る?私はこの辺りに詳しいから、案内するわ。」
与一:「うん、それなら行こう。」
19、日戲
時:大正九年九月中旬某日午後
景:西門町八田与一邸の門口および客室
人:八田与一、外代樹、正子、晃夫
△八田与一は三輪車から降り、大きな荷物を手に持ち、家の前に立ち、何度か呼び鈴を鳴らす。
外代樹:(家の中から)「外は誰ですか?」
与一:「俺だよ、妻よ。」
外代樹:(家の中から出てきて木戸を開ける)「どうして突然帰って来たの、電話もせずに。それに、その荷物は何?」
与一:「西門町を歩いて買ったんだ。正子の小さな洋装、それから焼き鳥と魚一尾、あと果物をいくつかだ。」
外代樹:「嘉義の出張所で工事の開始で忙しいはずでしょう、どうして帰って来られたの?」
与一:「総督府へ出張して山形局長と下村長官に会い、公務を終えてから君と子供たちに会いに戻ったんだ。」
外代樹:「先に家に入りなさい。晃夫が今揺りかごで眠っているから、静かにして、起こさないでね。また寝かしつけるのが大変になるから。」
△与一は外代樹に従い庭を通って客室へ入る。正子は藤椅子に座り、人形を抱いている。
与一:「正子、父さんが帰って来たぞ。」
△与一は手に持っていた魚を外代樹に渡し、箱から小さな洋装を取り出して正子に見せる。
与一:「正子、父さんが可愛い洋装を買ってきたよ。」
△正子は人形を置き、両手を伸ばし、小さく「お父さん、抱っこ」とつぶやく。
外代樹:「正子が抱っこしてほしいって言ってるわ。」
△与一は片手で正子を抱き上げ、もう片方の手で洋装を持つ。
与一:「この服、気に入ったか、正子。」
与一:(わざと神秘的な様子で)「妻よ、商店街で誰に会ったと思う?」
外代樹:「そんなの分かるわけないでしょう。」
与一:「暁月だよ。」
外代樹:(不思議そうに)「暁月?」
△外代樹は時間を確認する。
外代樹:「この時間なら授業はないはずよね。どうして彼女を家に呼ばなかったの?」
与一:「まだ授業の準備があると言っていたから、無理には誘わなかった。」
外代樹:「そう……」
外代樹:(少し考えて)「でも、彼女は台湾で一人で、寂しいでしょうね。あなた、彼女の相手を探してあげるのはどう?」
与一:「うん、それはいい考えだ。」
与一:「そういえば、阿操はどこだ?」
外代樹:「阿操は菜園に行ったわ。水生と林太太もそこにいるはずよ。」
与一:「じゃあ後で菜園に行ってみる。」
外代樹:「その前にお風呂に入りなさい。あなた、汗の匂いがするのよ。」
与一:(袖を嗅いで)「まあ大丈夫だ。菜園から戻ったら入るよ。」
20、日戲
時:大正九年九月中旬某日午後
景:西門町林満妹の菜園
人:八田与一、郭水生、林太太、阿操、陳来成
△八田与一が満妹の菜園の入口に現れる。陳来成が最初に彼に気づく。
陳来成:「見て、八田叔父さんが帰って来たよ!」
△作業をしていた三人が一斉に顔を上げる。
郭水生:「八田大人、休暇で戻られたのですか?」
与一:「台北の総督府へ出張に来て、ついでに一、二日休みに戻ったんだ。」
林太太:「八田大人は本当にお忙しい方ですね。」
与一:「まあね、忙しい中でも少しは休めるさ。阿操、鍬を一本持ってきてくれ、私も整地を手伝う。」
阿操:「はい、旦那様。」
△阿操は鍬を渡す。与一は身をかがめて土を耕す。
郭水生:「大人、嘉義の方もこれから本格的に忙しくなりますね?」
与一:「そうだ、多くの仕事がこれから次々に始まる。」
林太太:「八田大人、水生と阿操の良い知らせも近いのですよ。ぜひ戻って結婚式を取り仕切っていただきたいのです。」
与一:「そうか、おめでとう。この二人には。もしその時に仕事が都合つけば、必ず戻って祝福しよう。」